藤川球児

藤川球児(1980年7月21日生まれ)は、高知県出身の元プロ野球選手であり、現役時代は「火の玉ストレート」と称された剛速球を武器に、阪神タイガースの救援投手として活躍しました。母子家庭で育ち、経済的に苦しい環境から1998年のドラフト1位で阪神に入団。2005年には「JFK」と称された勝利の方程式の一角としてチームのリーグ優勝に貢献し、2005年・2006年には2年連続で最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得しました。後に抑え投手へ転向し、2007年と2011年に最多セーブ投手のタイトルを獲得、NPB/MLB通算245セーブを記録して2020年に現役を引退しました。印象的なエピソードとして、2005年に清原和博から「臆病な投手」と罵られたことを発奮材料にストレートへのこだわりを深め、後に清原から「20年間見てきた中で最高のストレート」と絶賛された逸話が有名です。2025年シーズンから阪神の第36代監督に就任し、就任1年目でセ・リーグ優勝を達成するなど、指導者としても輝かしい実績を残しています。