ハビエル・クレメンテ

ハビエル・クレメンテ(1950年3月12日生まれ)は、スペイン・バスク地方出身の元サッカー選手・指導者で、現役時代はFWとして活躍した後、指導者としてアスレティック・ビルバオを率いて1982-83、1983-84シーズンのリーガ・エスパニョーラ2連覇に導き、ドン・バロン賞最優秀監督賞を3度受賞した。

1992年から1998年までスペイン代表監督を務め、1994年W杯、1996年欧州選手権、1998年W杯に出場。在任中は31戦無敗の記録を樹立したが、フィジカル重視の采配でフェルナンド・イエロやジョゼップ・グアルディオラを控えに置くことも多く、批判も浴びた。

1994年W杯ではイタリア戦でマウロ・タソッティの肘打ちが見逃される不運もありベスト8敗退、1998年W杯ではグループリーグ敗退に終わり、同年9月のキプロス戦敗北後に解任された。

その後もセルビア代表やカメルーン代表、リビア代表など各国の代表監督やクラブチームを渡り歩いたが、2006年にはエトオへの差別的発言で物議を醸し、2007年には自転車事故で重傷を負うなど波乱万丈のキャリアを送った。

2010年にレアル・バリャドリードを率いた際は最終節でバルセロナに敗れ降格を喫するなど、成功と挫折を繰り返しながらも、スペインサッカー界に大きな足跡を残した名将として知られている。