藏内修治
藏内修治(1918年-1993年)は、福岡県出身の自由民主党所属の政治家で、衆議院議員を6期、参議院議員を1期務めた。炭鉱主で衆議院議員だった藏内次郎作の長男として生まれ、東京帝国大学国史学科に進学。在学中はボート部員として活躍し、全日本選手権で優勝するほどの実力を持ちながら、当初は教師を志していたという。
第二次世界大戦中は陸軍中尉として出征し、帰国後は西日本新聞社の政治部記者を経て、河野一郎農相の秘書官を務めた。1958年の衆議院議員総選挙で旧福岡4区から初当選し、以後、労働・外務の各政務次官や衆議院商工・内閣委員長などを歴任した。
1979年に落選するも、翌1980年の参議院通常選挙で福岡県から当選し、1986年に政界を引退。1993年に75歳で死去した。黒い霧事件では粛党推進協議会の発起人を務めるなど、政治改革にも積極的に関わった人物である。
Source: 藏内修治 — Wikipedia · Summary by RollWiki AI · Language: Japanese
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